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2024年5月2日

いのちのつながりを見つめる和歌の力

「いのちのつながりを見つめる和歌の力」まほろば教育事業団理事長 山崎文靖

私の町の退職校長会で、篤志面接委員という、いわゆる刑務所に入っている人の相談を受けたり、指導をされている方のお話を聞きました。
その方は、元々中学の教師で、受刑者に勉強も教えておられます。
万葉集も毎年教えており、和歌の中から一首選び、覚えてくるように指導されます。
受刑者たちが何を選んで覚えてくるのかと言いますと、毎年一番多いのは、「銀も金も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやも」の歌で、六十%くらいの受刑者が覚えてくるそうです。
その次が防人の歌。特に「韓衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして」。
防人に征くお父さんに「いかないで」とすそにすがりついて泣く子供を置いてきた。
この子たちにはお母さんもいないのに、という歌です。
最後にその先生が、ある少年が少年刑務所で詠んだ歌を受刑者に教えたそうです。

「呼びたくも呼ぶことならずガラス戸に息吹きかけて母と書くなり」

「お母さん」と思い切り呼びたいのに独房の中ゆえ呼ぶことができず、ガラス戸に息を吹きかけて母という文字を書いたという歌です。
この歌をきいた受刑者たちが泣くのだそうです。
どんなに罪を犯している人でも最後は肉親、家族、子供のことを思うのだなあということを感じ、心打たれました。

この話を聞いたとき、私は、島秋人という死刑囚の歌集『遺愛集』のことを思い出しました。
彼は二十歳の時に強盗に入った家の主人に重傷を負わせ、奥さんを殺めてしまい、死刑囚となりました。
体も弱く、知能も遅れていた彼はいじめや差別を受けてきました。
学校時代に何の楽しい思い出もなかったけれど、一つだけ、美術の先生が、「絵はそんなに上手くないけれど、構図だけは一番だ」と言って褒めてもらった思い出がありました。
獄舎でそのことを思い出した彼はその先生にお手紙を書きました。
先生と奥様から返事が届き、奥様の手紙の中に短歌が入っていたのです。
その短歌を読んで、世の中にこんなに素晴らしいものがあるのかと感じて短歌を詠みはじめるのです。
毎日新聞の歌壇に投稿し、窪田空穂の指導を受けています。
そして、『遺愛集』という短歌集を出しますが、残念ながら自ら手にすることなく、死刑となりました。

「ほめられし事をくり返し憶ひつつ身に幸多き死囚と悟りぬ」

「温もりの残れるセーターたたむ夜ひと日のいのち双手に愛しむ」

「此の澄めるこころあるとは識らずして死刑の明日に迫る夜温し」

勉強ができないと差別され続けてきた人がこんなにも素晴らしい歌を詠むようになりました。
人間には本当に信じられないような力があるということを、彼はまざまざと証明しているのです。
彼は獄中でキリスト教に帰依するのですが、牧師さんが「あなたは死刑になるからこそ、このようになれたのですよ」と言われたそうです。
残酷かもしれませんが、いつか刑務所を出られるという思いでは、島は心から反省し歌を詠むことはできなかったのかもしれません。

『遺愛集』の序(まえがき)で、窪田は「私には一つの信念となっているものがある。それは、人は幼少の頃、漠然としながらも第一印象として世間とはこういうものだと、これが当たり前のものだとして受け入れた印象は生涯を通じて変わらないものだということである。その力は強く、運命的である」と綴っています。
つまり、小さい時の教育、子供たちが受ける環境は一生その子に影響を与えるということです。
島秋人は亡くなる年に、「母あらば死ぬ罪犯すことなきと知るに貴き母殺めたり」という歌を詠んでいます。
島秋人のお母さんは彼が十三歳の時に亡くなっています。
お母さんは体が弱かったのでほとんど接する時間がなかったそうです。
お母さんがいてくれて、もっと自分を愛してくれる環境にあったなら、私はこんな罪を犯さなかったのに。
しかしそんな大事な、人のお母さんを自分は殺めてしまったのだという後悔を歌に詠んでいます。

私は今、日本の家庭が壊れているということに危機感を抱いています。いじめ、虐待など、なぜこのようなことになるのだろうということを思った時、日本の家庭を取り戻すことを真剣に考えていかなければならないと思います。
そのためにも、家族、地域ぐるみで、素読、和歌カルタ、紙芝居や読み聞かせ等に取り組み、三世代で子供の教育環境を充実していって頂きたい。
自分の子供だけでなく、周りの子供達にも呼びかけて子供たちが健やかに成長する教育の場を作っていかなければと思います。私たちは地域を「まほろば」に、家庭を「まほろば」に、学校を「まほろば」にしていく活動に力を入れて取り組んで参りたいと思います。

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