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2015年1月9日

新春冬季中高生セミナー開催!

*新春冬季中高生セミナー開催さる!*
新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

1月4日~5日にかけて、山口県下関市において、吉田松陰先生に学ぶ新春冬季中高生セミナーが開催されました!
「志を立てて誠を尽くす人になろう!~吉田松陰先生の言葉を鏡にして~」のテーマの下、松陰先生の言葉を元気よく朗誦し、人生の糧となる言葉をしっかりと心に刻む合宿となりました。
言葉には魂が宿っており、言葉を大切にするということは言葉に宿ったいのちを大切にすることに繋がります。
言葉が変われば、心が変わる。良き言葉を使うと自分に返ってくる、ということが実感されました。
さらに、運営の教師、大学生自身が松陰先生と出会って感動したこと、人生の背中を押していただいたことを、ありのままに語る講話や体験発表、
また、松陰先生の誠の心を伝える渾身の歴史劇などを通じて、
「至誠」は必ず人の心を動かすものであり、連鎖していくものだということを学びました。
また、厳かな雰囲気の赤間神宮での正式参拝も、心に残りました。
立志式では、心に残った松陰先生の言葉の書き初めを発表し、一年の抱負を誓い合いました。
新年早々、参加いただいたみなさん、そして、お子様を送り出して頂いた保護者の皆様に心より感謝申し上げます。

<参加者の感想文より>
「一番心に残った言葉は『至誠にして動かざる者未だ之れあらざるなり』です。私はこの合宿で至誠は人の心を動かすということをとても感じました。
先生のお話で、いじめられていた桃子さん(仮名)のことを聞きました。
先生は誠をつくして心をつくされたから桃子さんが動いた。その桃子さんも本心で誠をつくしたから、きっといじめていた子の心も行動も変わったのだと感じました。まほろばの先生方も至誠をもって私たちに語りかけてくださっている。だから私の心は感動を与えられ、行動しよう、一歩を踏み出そうとしています。
私は立派な教師になる。これが私の志です。くじけそうになった時は必ずこの言葉を思い出します。『至誠にして動かざる者未だ之れあらざるなり』」
(高2・女子)

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2014年11月28日

奈良豊かな海づくり大会で日の丸小旗配りのボランティア

*奈良豊かな海づくり大会で日の丸小旗配りのボランティア*
みなさま、いつもありがとうございます。
11月15日から17日にかけて、天皇皇后両陛下におかせられては、奈良県で開催される豊かな海づくり大会へ御臨席のため、奈良県に行幸啓になられました。
有志の高校生が日の丸小旗配りのボランティアを行いました。
15日には、3年前の9月の紀伊水害の被災者を励まされました。
懇談会には、被災者9人が参加され、両陛下に災害時の様子などを語りました。
天皇陛下は「大変でしたね」「お心を痛めておられるでしょう」などと話しかけられ、皇后陛下は、現在は復興住宅で暮らす十津川村の市原光留みつるさん(63)を「疲れがたまっているのでケアしてくださいね。お元気で」と気遣われたそうです。
懇談は予定の時間を超えて行われ、陛下は最後に、「本当に厳しい時を過ごされてきたことと深くお察ししています。経験を生かして地域の安全を高められるように願っております」と励まされました。(読売ニュースより)
この夜、お泊まりの橿原ロイヤルホテル前にて1500名を超える人々が集まり、提灯奉迎が行われました。

<参加者の感想文>
今日、奈良の奉迎も、両陛下は国民一人一人のお顔をしっかりと見てくださいまし た。両陛下は私達のことを第一に考えてくださってい るのが伝わってきましたが、私達はどうなのか改めて考えさせられました。友達にそのことを行ったら、 笑い話として受け止められて事が悲しかったです。
今日僅かですが、まほろばの仲間と出会えて、両陛下のすばらしさが語りあった時、日本人としての誇りを持っていると思えました。 奈良の奉迎は京都でやったときより、ずっと多い人 数でした。提灯奉迎は初めて参加しましたが、ホテルの窓から陛下が提灯をお振りになり、それに合わせて多くの提灯が揺れているのを見ると、今陛下とここに いる人達の心は一つなんだと思うことが出来ました。 ゆらゆら揺れる灯は、優しくも暖かく見守って下さっ ている穏やかな陛下のお顔が、見えなくても浮かびま した。(高校二年・女子)
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2014年11月11日

この子達は20年30年後には日本を支える人材になるでしょう

*「この子達は20年30年後には日本を支える人材になるでしょう」*
みなさま、いつもありがとうございます。
夏季中高生セミナーでトイレ掃除のご指導を頂いた「日本を美しくする会」の方のブログで、中高生セミナーのことをご紹介いただきました。

ゴリックのお掃除ブログ
http://gorikku.at.webry.info/201408/article_8.html
「素敵な子ども達が全国から集りました
この子達は20年30年後には日本を支える人材になるでしょう
本当に目が輝いて、気持ちのよい挨拶をする人達です
40名程の中高生と
15名程の教員と保護者
で京都城陽市にある野外活動センター友愛の丘の宿舎のトイレ掃除をさせていただきました
いつもの月例会とは異なり短い時間でのお掃除でしたが、やりがいのあるトイレで
みんなで協力しお掃除した結果
アンモニア臭は消え去り
すーっと気持ちの良い空間に
換気扇や洗面所、小便器、大便器、壁面、換気扇等あらゆるところを大勢でピカピカにしました
子ども達は目をキラキラさせながら
自宅でもトイレ掃除をしたい
部屋の掃除をしたい
親子関係がよくなるかも

素直で素晴らしい感想発表をしていました
純朴な心に触れると
同じ世代の子どもを持つ親としては
もっと前向きに生きて行かなければと、子ども達に元気をもらいました」
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2014年11月8日

広島へ届け、復興の祈り~中高生が折り鶴を作成~

*広島へ届け、復興の祈り~中高生が折り鶴を作成~*
広島土砂災害で亡くなられた74名の方々へのご冥福と、家屋全壊などで家を失われた方々、復興に向けて尽力されている方々へのお見舞いを込めて、友の会の中高生たちが折り鶴を作成しました。
集まった1325羽の折り鶴を、被害の大きかった安佐南区在住の蓼征成氏(まほろば教育事業団理事)へお渡ししました。
呼びかけをした高校二年の女子は、折り鶴作成への思いを次のように綴りました。

「二ヶ月前の広島での土砂災害をテレビのニュースや新聞などで目の当たりにし、突然の土砂崩れに巻き込まれ、命を失った方、自分自身でなくても大切な方、その他大切なものであったり、財産を失った方々の無念を思うと、いてもたってもいられませんでした。
何をしたらいいだろうか?実際にボランティア活動に行くこと?募金活動?物資の援助?その中で、折り鶴を折ってみては?との提案がありました。確かにそういう面で困っている方々もいらっしゃることでしょうが、それは少なくとも、私たちにしかできないことではない。では、私たちにできること、それは中高生セミナーでも学習した「おもてなし」の心。相手の方を思いやること、それは時間のかかることですが、きっとそれだけ相手の心に寄り添えるはず、と。
そこで友の会のメンバーに折り鶴の協力を呼びかけました。折り鶴を折るのには、はや道や裏技などはありません。一つ一つ、決められた手順通りに指先に力を込めて紙を折っていきます。その間、私は広島の方々のことを忘れた瞬間はありません。災害がおきてからもう、二ヶ月半が経とうとしています。テレビや新聞などで報道されることはもうほとんど無くなりました。世の中の関心、という言葉で済ませたくはありませんが、みんな忘れてしまってはいけないと思います。私たちがこうしている間にも苦しんで困っている方々はいらっしゃいます。その方々へ、私たちは、折り鶴という形にして思いを届けたいと思います。
先日、学校で鶴を折っていたとき、不思議に思った友達、先生方が声をかけてくれました。わけを話すと、みんなは二つ返事で手伝ってくれました。遠く離れた土地から、私一人の思いだけで無く、たくさんの人の思いを届けられる、こんなにいいものは無いと思います。」

亡くなられた方々の御霊の安らかならんことを心よりお祈りします。また、一日も早い復興を重ねてお祈りします。
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2014年10月15日

長崎国体で日の丸小旗配りのボランティア

*長崎国体で日の丸小旗配りのボランティア*

みなさま、いつもありがとうございます。
10月11日から12日にかけて、天皇皇后両陛下におかせられましては、「長崎がんばらんば国体」にご臨席のため、長崎県に行幸啓になられました。
そこで、福岡・佐賀・宮崎の高校生友の会の有志7名が、日の丸の小旗配り等の奉仕活動(奉迎活動)を行いました。
友の会が、奉迎活動に参加するきっかけとなったのは、東日本大震災でした。
震災から1年を迎えた平成24年3月11日の追悼式典にご出席されるため、天皇陛下は心臓のバイパス手術をお受けになることをご決意されました。
天皇陛下のお気持ちが、ただ自分の体調を整えることだけではなく、国民を励まされるためであることを知り、このような時だからこそ、天皇陛下のいらっしゃる皇居を少しでも美しくするお手伝いができればと、全国から友の会の有志が集い、皇居勤労奉仕に参加しました。
勤労奉仕をきっかけに、国民の幸せを祈られて全国を巡られる天皇陛下を各地で歓迎申し上げたいという声があがり、各々の地域に天皇陛下がおこしになられる際には、奉迎活動に参加してきました。

今回の参加者の中には、将来、国家公務員を目指しており、公に何か役に立つ活動がしたいと思って参加した男子高校生もいました。
日の丸の小旗と共に、集まった人々に少しでも皇室の大切さを伝えたいと、高校生が手作りで御製・御歌のしおりを作成しました。

また、とりわけ心に残ったのは、夜の提灯奉迎でした。
川をはさんですぐ向こうに両陛下のお泊まりになられるホテルがあり、
近くで両陛下のお姿を拝することが出来ました。
私たちが提灯を左右にふると、両陛下も左右にお振りになられ、
私たちが上下にふると、両陛下も上下にお振りになられるという、
両陛下と私たち国民の一体感、通い合いを実感させていただきました。
本当に感動的な夜でした。

台風、広島の土砂災害、御獄山噴火など、日本各地で発生した自然災害からの復興や、国家の安泰を祈られておられる事に報恩感謝の真心で活動を行うことができました。

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2014年9月24日

太宰府で福岡中高生セミナー開催!

*第2回福岡中高生セミナー開催!*

みなさま、いつもありがとうございます。
9月13日~15日にかけて、太宰府天満宮にて福岡中高生セミナーが開催されました!
福岡を中心に16名の参加者が集いました!
本セミナーでは、十代を生きる中高生たちにとって、「志」を立てることの大切さを掲げ、自分を変えるカギは五つの力(①習慣の力、②言葉の力、③出会いの力、④感謝の力、⑤誇りの力)にヒントがあることを、研修で深めて参りました。
地元福岡の中村学園三陽中学・高校から生徒が代表参加をするなど…、福岡の地より次の日本を担う人材育成の基盤づくりの展望が見え、次へと繋がる合宿となりました。

◇◆参加者の感想文より◇◆
「必要なのは頂上を極めてやまない勇気と努力」高校一年 女子
セミナーでは菅原道真公と吉田松陰先生の言葉を教わり、限界に挑戦したり(山登り)、大声大会では、大きな声で父と母に感謝したり、また、今回も和歌をつくったりしました。私が今回の学んだ和歌の中で一番心に残ったのは、「おほぞらにそびえて見ゆるたかねにも登ればのぼる道はありけり」
という明治天皇御製の和歌です。…必要なのは頂上を究めなければやまない勇気と努力である。勉強も同じようなものなのではないかと思います。…最後までのぼりきることが出来たので、勉強でも、努力をかかさずしていきたいです。

「保育士になって戦争の真実を子供達に伝えたい」高校二年 男子
今回セミナーで出会った人物は、昭和天皇です。小学校の頃から平和学習などで話しを聞いていましたが、「なぜ、すぐに戦争を止めなかったのか。」と疑問に思っていた方でしたが、多久先生のお話しを聞いて、イメージが変わりました。特に、「爆撃にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも」と言う御製です。国民の命を尊重し、大切にする姿に感動を持ちました。まだまだ無知なので、もっと勉強にはげみ、戦争の真実を、保育士になってからも、子供たちに伝えて行きたいです。

◇◆創作和歌◇◆
中一 男子
山登り 大声出して ありがとう ゴールをめざして 進んでいけた
中一 男子
山登り 困難のりこえ 山頂へ 最後はみんなで 楽しく縄跳び
高二 男子
太宰府の この時この場で もろともに 学びし仲間 吾わすれめや
高二 女子
山登り 高らかと響く 友の声 元気づけられ 足をすすめる
高一 女子
頂で 太宰府の空に 響かせる ご両親への 感謝の気持ち
中二 女子
一人では のぼれない山 のぼったのは 仲間と言った ありがとうの力
中一 女子
山頂で 親に届ける ありがとう 大声出したよ 届いているかな
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2013年10月19日

家庭の歳時記    10月17日 「神嘗祭」 「十三夜」

家庭の歳時記    10月17日 「神嘗祭」 「十三夜」

 台風一過と喜んでばかりもいられないような、大きな被害をもたらした台風26号。今年は夏の猛暑、夏の終わりから秋にかけての竜巻や台風の襲来と、自然の猛威を嫌というほど教えられます。どんなに科学技術が発達しようと、どうにも歯が立たないのが自然の力。でも大いなる惠をもたらしてくれるのも自然です。

本日10月17日は、伊勢神宮で「神嘗祭(かんなめさい)」が執り行われています。今年できた初穂を伊勢の天照大御神と豊受大神宮にお供えし、今年の豊かな実りに感謝する宮中祭祀の大祭です。このお祭では、天皇陛下お自ら皇居で植え育て刈り取られた初穂と、伊勢の御神田の初穂が供えられます。今年20年に一度の式年遷宮を迎えられた年の神嘗祭を「大神嘗祭」と呼びます。

「神嘗祭」についての記録は、元正天皇の御世721年に伊勢神宮に勅使が遣わされたと続日本紀にあります。

皇居でも、天皇陛下は神嘉殿において伊勢の神宮を遥拝されたのち、賢所において「神嘗祭賢所の儀」が執り行われます。

 春の種まきから秋の収穫まで、大変な苦労をして実った稲を神様にお供えする大切なお祭ですね。荒ぶる自然と闘うのではなく、自然の恵みに感謝し、実った稲をまず神様にお供えする心は日本人の自然との付き合い方を最もよく表しているように思います。

 そして今日は「十三夜」のお月見です。十五夜・中秋の名月の一ヵ月後ということで、「後の月」また、収穫の秋ということで、「豆名月」「栗名月」とも言われます。十五夜はもともと中国に起源をもちますが、十三夜は日本固有で、醍醐天皇の御世延喜19年(919)に宴が開かれたとの記録が残っています。秋の収穫を祝うお祭りの一環だったのではという説もあります。

十三夜の夜、すすきや秋の七草をかざり、団子や大豆や栗など秋の野菜をお供えします。ちなみに七草は、萩・桔梗・葛・撫子・尾花(すすき)・女郎花(おみなえし)・藤袴です。

伊勢の神宮で「神嘗祭」が行われるころに、「十三夜」のお月見。収穫の秋は一年で一番しあわせな時です。移ろう自然と共に生きているという実感をつよくする季節です。

今夜の月が清かに眺められますように祈ります。

                                          平成25年10月17日記

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2013年8月7日

家庭の歳時記 「お盆迎え」

家庭の歳時記
 「お盆迎え」

8月の声を聞くと、なぜかそわそわしてきます。
それは、旧暦の8月13~15日に帰ってこられるご先祖様のお盆迎えの準備が、8月に入るとはじまるからです。
亡くなった姑が「庭の草がぼうぼうだと、ご先祖様が帰ってこられない」と、よく言って草を抜いていました。先祖を迎える心構えを教えてくれていたのだと思います。
庭がきれいになると、8月10日までに仏壇、仏具、遺影などを清め、11日に迎え堤燈に灯が点ります。
盆棚をしつらえ、季節の果物やそうめん、お菓子などを蓮の葉の上に乗せ供えます。
お供えのござの上には、きゅうりとなすで作った馬と牛を置きます。
これは、浄土から帰ってこられるときは馬に乗って早く、浄土に戻られる時は、牛に乗ってゆっくりとという気持を表しています。
そして、ほうずきの実を飾り明かり取りにします。
13日になるといよいよご先祖様がお帰りです。
西方浄土からの旅で疲れておられるので、最初のお供えは、迎え団子と酢の物です。
中日(14日)はご先祖が好きだったものや、季節の精進料理を供えます。
そして家族も同じものをいただきます。
15日は夕食にそうめんを供え、送りそうめんとします。
すべてが終わると、お供えや飾りを解きます。
そのときは、本当に浄土に帰ってしまわれたという、寂しい気持ちになります。不思議ですね。
お供えの品物やその方法は、宗派や地方によりさまざまですが、毎年毎年同じことを繰り返し、それが代々引き継がれると、わが家の伝統になります。
そして、それを経験する子供たちが、本当にご先祖様がいらっしゃると感じつつ、3日間を過ごすことがとても大切なことだと思います。
決して大げさなことではなく、亡くなった先祖と生きている自分達とのつながりを実感することのできる大切な行事です。

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2013年8月7日

家庭の歳時記 「盆踊り」「花火大会」そして「東京スカイツリー」

家庭の歳時記
「盆踊り」「花火大会」そして「東京スカイツリー」

夏休みに入ると、近くの神社などで行われている「盆踊り」の太鼓の音が聞こえてきます。
また、遠くで上がる花火大会の音も聞こえてきますね。
ああ夏だなとわが家にいながにして、しばし暑さを忘れて夏を感じてしまいます。
「盆踊り」や「打ち上げ花火」はお盆で帰ってこられる、ご先祖様や諸霊を慰めるという意味が込められています。
先日、テレビで「長岡花火大会」のようすを中継していて、そのすばらしさにみとれてしまいました。
この「長岡花火大会」は、戦争が終わってまもなくに始まったそうです。
戦没者の御霊を慰めようと。
そして中越地震で亡くなられた多くの御霊を慰めるとともに、復興のために応援をいただいたことへの感謝の思いもこめられているそうです。
「鎮魂」「復興」「感謝」がこの花火大会のテーマだと伝えていました。

ご存知でしょうか、実はあの「東京スカイツリー」にも「鎮魂」の思いが込められていたのです。
スカイツリーのデザイン監修をされた、澄川喜一氏の言葉を引用させて頂きます。

「前略  スカイツリーの設計者は、(法隆寺五重塔の)心柱構造を取り入れるとともに、日本の美しさの原点である「そり」(凹状)と「むくり」(凸状)を取り入れたすばらしい設計をされました。 中略  五重塔は卒塔婆で、仏舎利を納めた祈りの塔です。現在、スカイツリーが立っているあたりは、東京大空襲のときに大勢の人々が亡くなりました。スカイツリーはその鎮魂の塔のような気もします。また、昨年の3月11日には東日本大震災がありました。日本が復興しなければいけない、元気を出そうぜということで神様が誘導してくれたのではないかとさえ思います。 後略」 
(東京新聞ファーラムの基調講演より)

 古代の知恵と現代の最新鋭の技術が融合され、そこに日本人の「こころ」が込められていたとは、本当に感動しました。

保護者・教育関係者へ

2013年7月3日

復興を支えた神楽の心に迫る奉仕活動⑤

■復興と式年遷宮
この日の朝、私は、仮設住宅からおだやかな海を眺めた。
岬の先から差し昇る朝日を受けて、漁師達が、黙々と漁に勤しむ姿が見えた。静かさの中に澄み切った充実感が満ちていた。
いかに震災にうちひしがれても、こつこつと努力を重ねる漁師たちに、
海はふたたび恵みをもたらしてくれる。
まぶしく降り注ぐ朝日に照らされ、かつての美しい雄勝の様がふっと浮かんできた。
屋号の上に、ひるがえる「日の丸」は、天上界の神、天照大御神であると、末永氏は、憧れをこめて教えて下さった。

「天岩戸開き」の神話は、どんなに暗闇にあろうとも、みなの幸せを願い、分を尽くし、助け合っていけば、ふたたび希望という光が蘇ることを教えている。
折々に「岩戸開き」を演じてきた神楽師にとって、神話の物語は、心にくっきり刻まれているに違いない。
そして、それは、折々によみがえり励みとなり智恵となって、浜の人々を導いているのではないかと思う。
今回の体験を通じて、便利で、裕福でありながら、無機的に日々を過ごしがちな都会の生活と、
不便でも、自然に育まれ、神の声に耳を澄ましながら生きる人々のどちらが満ち足りた幸福感を味わっているのだろうかと、改めて問い直している。
二者択一はできないものの、村田参事が、震災を通じて学ぶべきは、本質においては、文明と自然の折り合いをどのようにつけていくかである、
とのご指摘が思い返される。
厳しくも恵み豊かな自然の中で、神楽を通して神々の声に耳を澄ましつつ、たくましく生き抜く雄勝の人々に、私達が支援どころか、逆に多くの気付きを与えて頂いている。
  
■体験を誓いにして
逆境をはねのけ再び復活す雄勝の漁師我は忘れじ 
私自身本当に変わり成長し私の生涯この場と共に

参加した高校生らは、様々な形で、自らの生き方を見つめ問い直した。
多くの小学生を失った大川小学校で黙祷を捧げ、ある学生は、
「これからの被災地の復興へ向けて何かしらの貢献をしていくことが、彼らの無念を晴らすことになり、残された人々を明るくすることが出来ると信じてこれからも頑張っていきたいです」
と述べ、ある学生は、入学した大学で、東北の震災を風化させないために語っていきたいと誓いを固めた。

それぞれの体験に共通するものは、どんなに困難にあっても前を向いて生きようとしている人々の美しさであった。
小さな仮設住宅に、三人も女性を泊めて下さったり、浜から取り立てのホタテや牡蠣をご馳走して下さった青木さん。

いつか家を建てたあかつきには、清水の湧く家の一部屋を十名ほど泊まれる大部屋にして、皆さんの憩いの場にしてもらいたいと、夢を語られた。
これから様々な課題を乗り越えていかなければならない。
そのとき、私達は、皇太子殿下のお言葉のように心を一つにして支えていける者でありたい。
そして、雄勝の人々に気付かせていただいた大切な生き方を、これからの日本に伝え、体現していける自分たちになりたいと心から誓っていった。

おわり

written by 清家和弥

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